HoChiMinh City

11月4日 VN0301便にてタンソンニャット空港(ホーチミン)へ向け成田空港を出発。
成田空港からの直行便で約6時間15分。ベトナム・ホーチミンのタンソンニャット国際空港に
13時40分無事到着熱帯特有の暖かい風を肌で感じ
ホーチミン市内のホテルに向かう
 
RENAISSANCE RIVERSIDE HOTEL SAIGON HOTELチェックイン後、夜のサイゴン川
ディナークルーズ迄時間があったのでガイドブックを片手にホテル前からタクシーに乗る。
タクシーの運転手に行きたい所のガイドブックを指さして見せると笑顔でOK。
 
2時間強、車やバイクが行き交う賑やかな夕方の市内をタクシーで回る。

サムネイルの写真をクリックすると拡大します

ミトーからカントーへ車で2時間の移動、その車内でベトナムの歴史とベトナム戦争に付いて
ガイドからいろいろと話を聞いた。
戦争証跡博物館を見学した後だったので興味深く聞き入る。
特に戦争終結後村人は荒れ果てた土地を少し続つ耕し作物を作っていく。
その結果大変な事が起こり始める。戦争証跡博物館にはその写真を掲示してあったが
このHPでは割愛する。

ここ戦争証跡博物館では、ベトナム戦争で実際使用された兵器や資料を展示している。
ここに日本人本多勝一の作品「戦場の村」と言う本が展示してあった。
何故ここに・・?興味が有ったので帰国後早速購入読んでみた。

この戦場の村の本は・・あと十数分で2月9日(1967年)の午前零時を迎えようとしていた・・
で始まるこの本には筆者がベトナム戦争の戦場で実際起こっている残虐な事実を赤裸々に
レポートしている。又顔をそむけたくなるような写も挿入されている。

残虐な戦場レポートの中で、おや!と思う所があった、それはベトナム人の心優しさを
感じ取れる記事を見つけたので紹介する。

・・第八部・解放戦線・・農地改革の所にこんな記事が・・・・
収穫に対する税金はどうか?ポンさんは「税金という形のものは存在しません」といった。
各自のできる範囲で余裕のある
分を「救国の費用」として供出するのであって、命令によるものではなく
あくまで自主的行為だ」という。

Vietnam sightseeing Subpage で記載したように、ベトナムの人々が東日本大震災で
誰からの命令でもないのに自主的に義援金を申し出寄付をした。と言う事と

「この救国の費用を命令ではく自主的行為」でと言う事が重なって見え、偶然とは言え
本当に驚きだ。昔から人を哀れむ心、暖かい心を持っていたのではないでしょうか!
今回の旅行とこの「戦場の村」の本を読んでベトナムの歴史を少し感じ取れたようで嬉しく思っている。


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